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チャーターナイトが終わった時、次は“五周年記念だ”との心構えで、毎月1,000円ずつ特別会計に積立てて来ました。47年8月の定例理事会(時の会長・秋山君)に於て“そろそろ準備にとりかかろう”とのことで、橘川君をはじめとして8名が準備委員として指名を受け、委員は9月19日第一回の会合を開いて、席上にて私にどんなことをやらなければならないか、を研究するように命じられました。
12月15日第二回の会合を開いて、調査の結果を報告し、今後の業務を手分けして、それぞれの責任者を決めた後、予算大綱をニコニコを併せて総額200万円でつくりました。
その後は各担当とも忙しくて大した進展がないうちに48〜49年度役員選任に当たり、五周年記念準備委員として私がクラブ理事に指名せられた最初の理事会に於て、式典は49年4月14日挙行することを決定し、その旨ガバナー・ノミニーの事務所に連絡しました。
年度が新しくなってからも、お互に個人的意見交換のうちに心の準備は逐次整いつつあったのですが、何一つとして型になるまでまとまったものがないままに公式訪問を迎えました。
その後は各委員を督促し、特に記念事業を何にするかに重点を置き推進しておりましたところ、48年2月13日、大洲ロータリークラブより式典予定の4月14日にチャーターナイトをやるとの予告案内をうけ、クラブとしては緊急理事会を開いてそれに基き、幹事からガバナー事務所に接衝を致しましたが、ガバナーの都合がつかずに一時は秋まで無期延期されるのではないかとまで思われ、準備も一頓座いたしました。
その後、幹事とガバナー事務所との間に話がまとまり、式典は4月28日にすることに決定したのが2月末でありました。余りにも期間的に無理の感がありましたが、急拠準備活動を再開し、3月15日には修正予算案、案内先、当日の基本プログラム(時間割振り)等を決定し、案内状発送を3月25日とし、それまでに各部署毎の準備を完了するよう日程を決め、最終仕上げに入りました。
部門毎で式典については岡崎君が関係者との間に積極的に意見交換を繰返して、プログラムの修正を重ね、長尾君の協力により、お祝いにふさわしい印刷物をつくり上げることが出来ました。
ロータリー内への記念事業としては、三宅パストガバナーに記念講演をお願いすることとして、会長、幹事より申し出て、了承を求めました。
又、地域社会に対する記念事業を何にするかは今年度の藤原君の積極的助言もあり最終的には市街地緑化と身障者対策のいずれかに絞られましたが、双方とも捨てるのが惜しく結局、会員の投票により確認して、かねてから考えられていたテリトリー内の最重要三叉路である西宝町に植樹することとし、稲井、秋山、原内の三君から市当局と交渉を重ね、警察の交通上の希望もあって、計画が二転三転し、最後には楠ばかりを8本植えるとのことで大林君をわずらわし、長尾君の努力で石碑も出来、会員も除草に汗を流しました。
祝宴プログラムは稲井君を中心に村上、遠藤ほかの諸君が話し合って、祝宴にふさわしく琴を中心にフルートでバレーを取り入れ、演出とナレーションは村上君に一任し、食事もバイキング方式にウドン屋台を持込む等、意匠をこらしていただけました。
前述のように最終準備期がごく短かったにも拘らず、クラブ独自の五周年記念行事が大過なく出来ましたのは会員の協力以外の何ものでもなく、本当にご同慶の至りと喜んでおります。
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