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逸見 金蔵

 このたび高松西ロータリークラブ創立10周年記念日を迎えますことは、我々にとりましては、まことに感慨深いものがあります。
 顧みますと、昭和49年4月に5周年記念の行事をしましたときは、「これからは、創立からの5年間に比べると、より順調にいくであろう」と、お互に何か楽観視していたように思います。
 ところが、その前年に勃発した、石油の大巾値上げに端を発した、世界経済の混乱が、短期には解決されず、むしろ時の内閣の政策とも相俟って、それまでの高度経済成長のヒズミが、一気に表面化されるようになりました。
 私達も例外なしに、その渦中に巻き込まれ、急激な経済の変化より自己を守るのに、四苦八苦致しました。その間ロータリーのService Above SelfやHe Profits Most Who Serves Best。並びに“4つのテスト”だけでは、激動する経済に対応するには、余りにも貧弱で、甚だ心もとない感じがしていまして、僅かに週一回の例会に於て、会員同志がいたわり合い、励げまし合って、各自各自が毎日の一つ一つの事柄を、少しでもロータリー的に、解決をしていく努力を積み重ねる以外に、手段はありませんでした。
 ところがこのような経済の混乱から引きおこされた不況は、一般の期待に反して、なかなか立直らず、むしろ長期化し、且深刻化するに従って、当初は弱いと思っていたロータリー的努力の積み重ねが、究極では不況を乗り切る最も効果のある手段であったと、気がつき始めるに従って、お互に企業の難問を乗り切る自信のようなものを、ようやく持つことが出来るようになり、昨今では夫々に自信をもって、事巣に励げんでいる次第であります。
 今振り返って見て、この苦しい間に、会員の中より脱落する者も無く、今白も皆が何も無かったかのように、明るく10周年記念式を迎えていますことは、何よりのことゝよろこばしく思っております。
 この5年間のクラブ運営につきましても、景気の停滞が多分に影響を及ぼし、当初期待していた程の、成長を遂げることが出来ませんでした。然しこのような時こそ、職業奉仕の理念を、今一度掘りおこして研究すべしと、職業奉仕委員会に4つの小委員会を設けたり、社会奉仕を振興させる為に、社会奉仕委員会にも小委員会を置いて、その可能性を探ぐる等、その時その時の指導者の努力により、クラブ内は和気アイアイの裡に、活気は失なわれず、おかげで、出席率やR.I.財団寄附等、数字に表われることは勿論、その他のクラブ活動は、全体として平均を上廻る成績を挙げることが出来たように、思っております。
 又部外に対する奉仕の実践につきましても、苦しい中で豊島神愛館に対する新しい奉仕を始めたり、肢体不自由児に対するチャリテー合唱会への支援を続け、又弦打青年団との接触を深めて、青年活動の順調な発展をそれとなく援け、又、国際的にも、その前から実施していた、韓国牙川国民学校への交流を昭和51年まで、通算6ヶ年も続けた等、数々の業績を残すことが出来ましたことは、総てクラブ内の盛り上る熱意によるものであって、心からよろこんで良いことかと、思っております。
 唯、まことに残念なことは、当クラブ3代目の会長を勤められた、岡崎時則君が、病の為に亡くなられたことで、岡崎君が常にクラブの中心的立場におられ、何彼と私達を引っ張って下さっていたゞけに、クラブにとって大事な指導者を失ったという感じが、今も尚残っています。茲に深くご冥福をお祈り致します。
 さて当クラブもいよいよ満10才を迎え、人生で言えば、最も成長する時機にさしかゝった訳であります。私達お互に、今まで以上に、奉仕の観念を、各自の職業や、日常生活に於て、実践に移すことは勿論、クラブとしても、これを機会に、今一度過去を反省し、直すべきところは正し、のばすべきところは発展させ、良いと思うことは、その結果を惧れずに実行に移し、今のまゝ小さく固まることなく、より活動的なクラブに成長させるよう、お互に決意を新たにしたいものと思っております。
 今後とも、来賓の方々を始め関係各位に、今まで以上のご指導ご鞭縫を賜りますようお願い致しまして、10周年記念のごあいさつと致します。