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司会

 本日は1月5日。もう既に仕事に打ち込んでいる方もあると思いますが、本夕は正月気分でゆっくり時間をかけて、高松西口一夕リークラブ(以下西クラブと書く)の現在のあり方や、ロータリーのこんなところをなおしたら等々、各自の抱負なり、夢を遠慮なくお話しいただいたらと思います。
 それでは一番新しい会員の森さんに、ロータリーヘ入っての印象から話して下さい。どうも話が出にくいようですので、多田君、森さんに酒をついであげて・・・。

 私が彼から聞いているところでは、例会が楽しくて仕方がない一私はそんなには思はないのですが一彼は例会が待ち遠しくて仕方がないと。どういうところが楽しいのか、しゃべってほしいですね。

 なにしろ、東京の生活が良くて、高松には殆んど友達がいなかったので、それまでの一週間はのんべんだらりとした一週間だったのですが、ロータリークラブに入れていただきまして、自分にとっては本当に楽しいんです。特に大人になってからの友達が出来たということは、自分にとってすごくプラスになっています。

 転勤されて来られる支店長さん方が、ロータリーに入ると非常に心強いと言いますね。知らぬ土地へ赴任してきますと、得意先関係はよく廻るのだけど、全然関係のない方とすぐ友達になれるのは、ロータリーの特長の一つで、非常にありがたいということを聞いたことがあります。

 私達の職業(設計技師)の人は、組織に入るのは嫌いな人が多いようです。僕もロータリークラブだけで、他にどこへも入っていません。あまり話をするのも得意でないのだけれど、いろんな人と話ができるということで、ロータリーに入って良かったと思います。

司会

 例会について、いろいろご感想があると思いますが、どなたからでも。

 例会は全体としては良いと思いますが、唯、客話の時に非常に私語が多くて、ハラハラすることが無きにしもあらずです。

 私は今、S.A.A.ですが、この前の公式訪問でカバナーから、“勇気をもって注意をしなさい“と言われたのですが、私は気が小さい方なので・・・。

 リンをチンとならすとかね。それを前もってクラブの皆さんに話しておいて、チンがなったら私語が多いという警告だぞ。まだ駄目だったらチンチンと。それはニコニコ箱だぞ、と。

司会

 私語は私も感じますね。自分が客話のゲストを連れてきたと思うと、私語は出来ぬと思うのですが。ゲストを連れてきた時はつらいですよ。

 マイクで全然聞えないのが原因の一つと違いますか。一寸小さい声だと後の方は聞こえませんね。

 マイクもだが、皆さんあそこでしゃべられて、何とも思いませんか。もの凄くしゃべり難いのです。雰囲気がどうこういう以前のこととして、あの机とあのマイクでは、しゃべる方もくたびれます。私語が多い原因に聞きとり難いということがあると思います。

 その他に客話や卓話の最中に、ちょろちょろ動きまわるのが無性に腹がたつんです。リンを叩いたり、表示を出せとか、そんなことせなんだら私語なんかが止まんというような、次元の低いことなら、ロータリーなんかやめたらええ。幼椎園の生徒でもあるまいし。全員が自覚して、これに徹しなければいかんと思います。面白くない話でも、しゃべる立場の人にとっては、三回位寝ずに考えているわけですよ。真剣に聞いてあげることが大切ですね。方法云云よりもモラルアップで私語をなくすようにしましょう。

一同

 賛成。

 モラルアップに関連して、早退のことですけどね。西クラブの会員が他のクラブへ行った時には、早退をせずに、最後までおるということをすれば、他クラブの人も、うちのクラブで早退がし難くなると思いますが。

 他のクラブへ行ったとき、メークアップの人達が早退をしだすと、そこにおるのが悪いような気がする時がある。なんかひとりだけポツンと取残されるような気がして。

 早退予防には、やはりビジターに話かけるとか、顔見知りの人なら握手をするとかすれば、早退はし難いのですがね。

 それから座席のことですが、誰がどこへ坐るかということを貼り出してあるのに、おかまいなしにいつものテーブルに坐る方が大体きまっていて、同じメンバーが集まるので、私語が増えるし、それに、親睦委員として最後まで立っている新会員が、止むなくビジターの方達の隣に坐るようになり、ホームクラブの人たちとの接触が少ないので、どちらかと云えば、孤独な例会を過ごしているという感じがします。

司会

 出来るだけ西クラブの会員は早退をせずに、一つ模範になりませんか。S.A.A.の責任も重くなってきましたね。然し例会の雰囲気を良くするのも、悪くするのも、会員各自にかかっていますからね。
 さて、今こっちにお集りの方で、例会でスピーチをやったことのない人は誰でしょう。(3人程手をあげる)

 大体プログラムを組んでいると、前半は比較的に充実している。だから下半期のプログラムは、各会員がお互いに披露しあう機会だと思うんです。僕はスピーチやれと言われたら、二三日前からねむれんけど。

 だからプログラム委員長に、「お三人さん5分間ずつスピーチを」とポンと計画に入れてもらうとか、抜き打ちでやられても、自分の職業のこととか、趣味についてだと話しやすいから、大体5分程度にまとめて話するとか、なんとか舞台に出たらいゝんだが。

 外国の例会では、“今日僕はこういう話題をもっているんだけど、どうだろうか”とやりだす。それについての意見の交換を求める。そして各界の意見を応酬する。それがほんまもんなんだけどね。なかなか日本人にはそういう基盤がないんでね。

 それにロータリーの卓話ともなると、なにかロータリー的でなければならないという、助平根性がつい出ちゃうの。他所ゆきになってしまう。そこいらに問題があると思うなあ。

 然しなんだかんだいっても、他ヘメークアップした中では、うちのクラブが一番良いと思うね。調和がとれている。それにお年寄りと一僕もそのうちに入るが一若い人との意思の疎通が出来とるということです。クラブによっては、相談にいっても全然相談にのってもくれんそうや。

司会

 話を変えましょう。他に何か会務奉仕についてのご発言はないでしょうか。

 私気になるのは、うちの入会選考がきびし過ぎるのではないでしょうか。私いつも横の方で聞いているんですが、こまかい点をごちゃごちゃ言い過ぎるような気がしますね。今の場合やったら、スコアリング・シートが95点以上でなかったら、入会できんような気がする。この頃命から2番目の金を融資する場合でも、スコアリング・シート60点以上であったら無条件ですからね。
 いろいろの角度から見ると、マイナスの面とか、一寸首をかしぐるようなことがあっても、許せるものなら入会していただいて、会員と接触したり、奉仕活動に参加していただくことによって、円満な人格に近づけてゆくのも、これもロータリー活動の要素でないかと思うんですが、もう少し許容できる点はゆるして、できるだけ多くの人に入ってもらいたい、と思うんですが。

 こんな時でないと言えんが、西クラブのようなクラブでも、仕事と言えば限りがない程ある。然し何もやるまいと思えば、何もしなくてもすむ。そこで一生懸命にやる人には、どんどん負担がかかってくる。これは問題やね。

 僕思うんだが、ロータリーには上下がないと言うけれど、年配者でエリート意識の高い人が多いと、やあやあ言うて気軽には話にくいね。ほんまのこというて、水平やいうても、それは言うだけで、現実にはまだギャップがありますね。

 年次大会等でも、ロータリーの老齢化が問題になっているが、僕は僕なりの意見があるが、ちょっとぶっ飛ばされそうでね。

司会

 今日は、放談やから何言うてもかまいません。

 あとで叱かられたら弁護してや。ロータリーに定年制を考えたらよいと思う。一定年令になったら定年にして、別につくってある老年ロータリー・クラブへ入ってもらう。
 ということは、定年以上の方には、ロータリー・ライフをエンジョイしてもらう。後は若手の実践的口一夕リアンを集合して、どんどん活動してもらう。こうすれば定年以上の方はホールに集って、ゆっくり例会を楽しんでもらえば良いし、新陳代謝もうまくいって、循環するのではないかと思うんだけど。

 年令的に年をとっている方でも、やる人はやってくれていますよ。

 うちのクラブは、年のいった方が若い会員に合わしとんか、それとも若いもんが年のいった方に合わしとるのかしら。

 僕は若い人に合わしとると思う。

 そうかいの。
 あんまり年寄りをいじめなさんな。やがては自分もすぐそうなるんだから。笑

 そうなるとロータリーの本質に関するが、大体ロータリーにはお題目が多過ぎると思うんです。どんな会でも哲学はあとからできるんやから、もっと好きなことを、勝手にやらしてもらいたい。“こんなにこむずかしいんなら、やめようか”というたら、“いやそれは、まあ建前でなあ”と言われて、なんかガックリくるんでね。

 僕はロータリーに入ってから、ロータリー精神をなんやかんやと、勉強させられ、本も読まされ、しぼられたんや。然しあんまりロータリー精神ということを考えよったら、ロータリーについていけんようになってきて、一ペン退会届を出したんやけど。然し、あんまりロータリーということを考えつめないで、われわれ仕事をして、いやな事を思ったり、嫌いなことがあっても、ロータリーへ来たら、皆さんとわあわあ飲んだり話をしたりして、やれやれと思うような、いわば砂漠のオアシスのような会合だ、と割り切ってしまえば、なんとかついていけるようになった。そうでなしに、例えば社会奉仕にしても、それに合ったテーマをつくり、奉仕せねばならぬと、かた苦しく考えると、果してそれらのテーマに合ったような奉仕やっているかと、疑問に感じる。青少年奉仕にしても同様だ。だから、むしろロータリーは、良い意味でのエリートの社交団体と割り切って終えば楽になった。そういう親交がこうじてきて、自然発生的に、いわゆる、ロータリー的な奉仕が出来るようになれば理想的だと思う。

 たしかに、お互一生懸命仕事をして、くたびれて、肩をはぐすという、ロータリーを求めているので、赤井先生の言われるように、オアシスのような例会にしたいですね。

 僕は別にロータリーの高邁な精神を体得して、どうのこうのというような理想はもっていない。僕は各分野の人々と交流ができるということ、それだけがロータリーの大きな利点だと思う。

 ロータリーはもともと、家族にロータリー精神を教育して、それから職場の人を教育して、逐次社会へとやっていけと教わったんだけど、どうもむずかしいんでね。

司会

 本音と建前について、焦点をしぼって、今まであまり発言していない方に発言していただきたい。

 ロータリーの本音と建前について、建前が悪いような現実論が有力なようだが、現実はこの程度しかできないけれども、一応理想というものを画がいて、それはそれなりに勉強し、理想の実現に努力はするが、現実はこの程度で満足せざるを得ぬとするか、それとも理想なんかは固苦しくていかん、やれる範囲でやり、むしろ親睦を主とした方が良いという意見と、無理にわけるとこの二つになる。

 僕はロータリーを社交団体とうけとめています。僕は無理矢理とっつかまって入ってしまったので。唯ロータリーに入って良かったことは、私の友達は、それまで同級生や、同業者であるとか、その範囲内でしかなかったのですが、職種の違った、年令差のある人達と“おいこら”“お前が”で話ができるようになったことは、自分にとって一番よかったことだと思います。

 私は入って間がないし、個人的にはプラスは大いにあったのですが、今だにロータリーって何だろうかな、という感がありますね。職業奉仕については自分なりにやっているつもりですが、社会奉仕については、ガバナー公式訪問のとき、皆さんがいろいろ報告をされていますね。ピーチパラソルをどうのとか。あれで奉仕と思えるかと疑問に思ったことがあります。公式訪問のときの報告が建前で、実際そこにギャップがあるんじゃないかと思います。

 僕は本音も建前もないものですから。(笑)入会した時は大学を出たばっかし、向意気も強かったし。それで大かた首になりそうになりましたが、よく考えてみますと、こんなところで悪顔を売って、今後高松で生活をしなければならないのに、これではいかんと思い、皆さんの前で頭をさげて、首がつながっております。商取引以外の利害関係のないところで、頭を下げるという勉強をさしてもらって、一番良い経験をしたと思っとります。

 私は建前もある程度研究する必要があるんじゃないかと思うんです。勿論例会場で建前ばかり言っていたら、ギクシャクして、もうやめたいという人が出るかも知れませんが。私は、ロータリーがアメリカから日本に渡ってきて、これだけの勢いで拡がってきたのは、単なる親睦だけでは、できないと思うのです。従って、建前はある程度知ってた方が、私自身は良いと思うのです。私は職業奉仕委員長にさせられて、それまでは、ロータリーは完全なる親睦、社交だけで良いと思っていたのですが、委員長になると、いろいろ資料を読まされるんです。良いことを書いてあります。一度職業奉仕委員長になっていただけば、いわゆる建前も良いなあと解っていただけると思うんです。

 僕は来年社会奉仕担当になっているんですが、大したことも出来ないかもしれないけど、自分としては、僅かながらでも喜びというか、感激のようなものを味わうという方向に向けて、努力してみたい。果して感激があるかどうかはわかりませんが。

 私、今日皆さんのお話を聞いていて、気がついたのは、皆さん本当に常識的な方だということです。例えば中村先生が幹事されたら突飛なことをされるかと思っても、やっぱり常識人だなあという行動をされる。ロータリーで本音建前と区別するんじゃなくて、やはり常識人として常識的なことを、地道にやっていれば、世間はわかってくれるんじゃないかと思うんです。

 本音が建前に一致したら、これは幸いなんですな。でも一致しなくても構わないと思いますよ。

 それで間違っててもいいんじゃないの。やって始めてわかることで。しなければ本当に駄目なんです。先程から赤井先生も仰しやった通り、社会奉仕なら社会奉仕に徹するとか。ロータリーの中で一応行動するということになれば、(その中で満足できるような仕事ということは、まず無理と思うが)何等かの方向性をもって行動することに喜びを求め、努力しようとする積極的な姿勢が大切だと思います。

 この十周年記念でうちのクラブが高松市庁舎前に松の木を植えるということは、おそらく世間の人から見たら、私達の自己満足だと思うでしょう。けれどあそこに緑の一つでも植わったということを、私達クラブの皆だけで満足しても良いことだと思うんです。結局“ロータリーは出席で始まり、出席で終る”ということが主体ですからね。会務奉仕というのが主流で、それに付随した社会奉仕でいいと思うんです。ほんとにささやかなものでも。そういう意味では、社会に対して奉仕しようという精神は、近隣クラブの中では一番旺盛だと自分では思います。

 それはそうと、あの松の木は皆にはめられたが。(本当に・・・との声あり)

 分単位の日程をこなされてる方や、業界をリードされている方々が、お忙がしい時間をさいての例会ですので、僕も極力休まずに出席したいですね。
 尚、岡崎会員が亡くなられた時は、お悔みに行ったのですが、私は入会して日浅く、つき合いも浅かったので、唯淋しいという気持ちだけだったが、同胞が亡くなられた時に、悲しめるロータリーの友を得たいと思います。

 私は岡崎さんの写真を大切に持っているんです。私は金泉ロータリークラブへも一緒に行きまして、牙川の小学校で、本当に韓国の教え子達にまで慕われている岡崎さんを見、又いろいろど指導いただいて、本当にロータリアンという人の姿を、かい間見たような気持ちがあります。今年はアジア地区大会が韓国であるそうですが、岡崎さんの若かかりし頃過ごされた土地を、もう一度お伺いしたいと思っています。

司会

 時間も長くなりましたので、ここらで今まで余り発言されなかった方々に、一言づつお願いします。

 僕はロータリーに入らせてもらって、本当に幸福だと、この一言に早きる訳です。

一同

 爆笑。“建前をいうな”の声。

 泥くさい本音を追求したいですね。

 こういうふうに話し合っていること、それがいいのじゃないかと思いますね。

 一つ提案があるんだけど。テーマのない列会というのはどうか。例えば今日のような形の例会を、毎月というのは困るだろうけど、せめて2ヶ月に1回ぐらい、ワイワイやるのはどうだろうか。

一同

 賛成。

司会

 それでは、今日はここらで終りとさしていただきたいと思います。皆様有難とうございました。