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 記 念 講 演 国際ロータリー第267地区ガバナー 三宅 俊三

 元九州大学医学部第一外科勤務,香川県公的医療機関連運営審議会議員,中四国外科学会評議員を歴任,現在香川県地方社会医療協議会委員,香川県医師会理事 日本臨床外科学会評議員,香川県労働基準局地方局医及び診療協議会委員,財団法人三宅医学研究所理事長,財団法人三宅医学研究所附属三宅病院院長。ロータリー歴としましては,昭和37年高松ロータリークラブ入会,昭和40年高松ロータリークラブ幹事,昭和53年高松ロータリークラブ会長,昭和56年香川分区代理,昭和62年第267地区資料調査委員,そして現在第267地区ガバナー

 本当に皆様方,今日はおめでとうございます。本当に私光栄という言葉で先程祝辞を述べさせて頂きましたが,実は私の父が二回にわたりガバナーをやり,私がその後を継いでガバナーという親子二代のガバナーをさせて頂きます光栄。これは本当に日本の中でも数少のうございます。私の知っている範囲では,十数名であるわけでございまして,又この三月の地区大会,私の弟に大会委員長と兄弟揃って地区大会をやるという非常に何か,ロータリーづくめの家になってしまいました。そういうことも実は今日記念講演と言われまして何をお話しようかと思ったのですが,もう皆様はロータリーに精通された方ばかりでございまして,いかに私の日頃のずるさを考えまして,いかにこの場をどうやって逃れるかといろいろ考えてみますとスライドで逃れるのが一番良かろうということでスライドを作って参りました。スライドの説明を申し上げますと,先程会長さんが44年にこのクラブは誕生したのだと非常に声高らかに言われましたのでその時に私が山下さん(註.高松西ロータリークラブ創立時の特別代表山下笹市氏)の下でいろいろお手伝をさせて頂きましたアルバムを見ますと古ぼけた写真が数枚出て参りました。そこで早速私の下手な技術でコピーをしましたら,私の撮った下手な写真をさらにコピーしたものですから,さらに悪い写真になってしまいました。その点は一つ御勘弁を皆様方にお願いしようと存ずる次第でございます。先程祝辞の時にちょっと申し上げましたように,昭和の時代は先般で終止符を打たれまして,これからは平成元年という新しい年度でありますと同時にこの皆様方のクラブも20年という一つの歴史に終止符を打ち,さらに計画飛躍する又素晴らしい開幕の年でもあろうかとそのように存ずる次第でございます。前置きはその位に致しまして,もともと話は下手な方でございますが,昨年7月ガバナー就任以来私の友人が異口同音に言うことには,お前少し話は上手になったなと言うことで賞めて頂いているのか茶化されているのか分りませんが,私なりに思っていますことを序々にスライドを見ながら感想を述べさせて頂きたいそのように存ずる次第でございます。

 スライド,高松西ロータリークラブが先程お話しがございましたように昭和44年2月皆様御承知かと思いますが,高松ロータリークラブの拡大委員,委員長に山下さんそれ以外に井川さん,田村さんという数名の委員が選任され,中川パストガバナーのお力添えで先ず,キーメンバーの選定或いはキーメンバーの方々とそのチャーターメンバーの選任に当って参りました。

 スライド,この歴史を振り返ってみますと私がその設立の委員の一人として五周年の時に確かに呼ばれてお話を申し上げました。又十周年の時には丁度私が高松ロータリーの会長で一つ祝辞をと言うのでお話ししまして,その当時の本箱を見て居りますと皆様方がお作りになりました五年史,十年史,次にわぎわざクェッションマークは,次はこの時は何年だろうか?

 それが今日でございます。奇しくも創立総会或いは五周年,十周年とお世話した一人がこの二十年と言う素晴らしい年にガバナーとしてこの演壇に立たせて頂いたというこの光栄は先程申し上げましたように素晴らしいものを私に与えて頂いたものだと感激しております。
 スライド,これがチャーターナイトの当時の山下代表でございまして皆様御記憶新らしいものがあるのではないかと存じます。 


 スライド,そのように山下さん,井川さん,田村さん,外の皆様方とキーメンバの選定,さらにチャーターメンバー,又創立総会の準備のために何回かお目にかかり,又お話しを続けて参りました。ここに若き逸見さん,大林さん皆様昔を思い出して,今日のお話でこれからのさらに二十周年を三十周年,四十周年,五十周年と一つお健やかに頑張って頂ける気迫がこれからもみなぎって頂けるのではないかとそのように存ずる次第でございます。



 スライド,ここにも桶川会長,中川パストガバナーという素晴らしい方々がおいででございます。

 スライド,そういうところで当時一応このクラブを作ります創立準備のためにいろいろ書類を作って総会を開くわけでございますが,当時はRIへその書類を出しましても仲々許可が出ません。長いのは,当時ニケ月,三ケ月以上かかった記憶がございます。そのようにして創立総会の準備をしながら書類を作りまして総会の同時に提出できますように書類を持って姫路に斉木ガバナーの事務所がございましたので,持参して斉木ガバナーに一つ一つチェックをして頂きながら創立総会終了と同時にRIへ提出ということでございました。多分4月14日が創立総会だったと思いますが,僅か一週間足らずの4月23日には承認をするという連絡を受けたように記憶しております。これがそういういろいろの経緯の下にやっと開きました高松西ロータリークラブの創立総会でございます。一番右側には空知(ソラチ)パストガバナー,斉木ガバナー,私の父という順に並んでおります。


 スライド,このように斉木ガバナーからいろいろ新らしい西クラブにつきましてのアドバイスを頂きました。

 スライド,そのような創立総会このように多くの方々,又県内の各クラブの会長さん,幹事さんお集り頂きまして,素晴らしい創立総会を開くことができたわけでございます。

 スライド,そういうところでいよいよチャーターも頂いた,チャーターナイトを何時するかということで,これ又議論百出でして,44年の11月19日今の香川相互銀行本店が新らしく新築落成,その直後に山下特別代表の御好意でこのホールでやろうじゃないかということでチャーターナイトをやりました。最初は型通り,ボーイスカウトの皆さんによる国旗,ロータリー旗の入場がありました。


 スライド,このように橘川会長に当時の若林ガバナーからチャーターが伝達されまして,この瞬間,私自身は本当にお手伝させて頂きました一人として涙が出たことを思い出して居ります。



 スライド,先程会長さんからお話がありましたように,若林ガバナーの時代にチャーターナイトが成ったわけでございます。


 スライド,この当時のターゲット,当時はターゲットといっていましたが,検討し更新しよう−本当は刷新しよう−だったと思うのですが,このくす玉が割れず玉津島さんが急に机を重ねて,ゲソコツで叩いて割ってヤッタヤッタと言うような非常にユーモラスなチャーターナイトになったように覚えて居ります。まあ,そのように非常に面白いエピソードがありましたので会場の雰囲気もそれ以上にいやが上にも非常に盛り上ったように記憶して居ります。



 スライド,丁度四月に創立総会がありました関係上斉木ガバナーの公式訪問がすぐございました。まだロータリーというものを皆様も御存知のない中の公式訪問,一体何をしたらいいのか一体どうしたらいいのか悩みながら公式訪問を頂いたわけでございます。今回の私と同じように2日間にわたった公式訪問でして,その第一日目の午前中,時間があるのでどこかへ御案内しようということになり,


 スライド,そこで大林先生の御案内でモーターボートで大島の青松園を御案内することになりました。いざボートに乗ろうとしますと,どうもエンジンのトラブルがございまして,一生懸命,これ一体どこが悪いのかということで出発が約一時間位遅れたように覚えて居ります。でこの当時のことを,

 スライド,斉木ガバナーは阿呆鳥ヨチヨチ歩くという皆様御存知かと思いますが,この中に高松西ロータリークラブを公式訪問した時のことをこの本の中に書いてあります。これがその本でございます。この中にどのように書いているかと言うことを一寸,御披露してみたいと思います。底ぬけ杓子と言う中の一節でございますが,六月に入ってツナクラブの坂出東クラブの訪問を終えて,高松で三宅俊三さん大林幸さんの案内で大島青松園へ航く,野島博士,大西園長さん達からライ治療が非常に進んで近い将来には患者が無くなるだろうと承る。その際には,日本の専門医の方々は東南アジアや印度に救済に出かけて欲しいものですねとお願いしました。回復した人達の町を歩く。古い松が茂る浜辺にうず潮が寄せ,浜には月見草が咲き,町にはバラが咲いて平和なたたずまいである。というような調子で当時の高松西ロータリークラブを公式訪問しました思い出の一つとして斉木ガバナーは書かれて居られます。このように青松園の前の斉木ガバナー,若き大林先生,それから大西園長先生でございます。


 スライド,これは野島先生と斉木ガバナーが懇談しているところでございますが,皆様,野島先生については御存知だと思いますが,ライ治療に於きましては日本のNO1でございますし,世界でも非常に名前の通った方でございます。

 スライド,そういうところからやはり雑談ばかりでは申し訳ございませんので,やはり格好としましては,ロータリーのことのお話も少し申し上げなければならないのではないかと存じます。今申し上げましたような形で,又先程久米会長さんがお話しされましたような過程を経て高松西ロータリークラブが誕生し又私たちロータリアンとしましても,私たちの仲間としてお迎えをしたわけでございます。現在の267地区には67ロータリークラブがございますが,この高松西ロータリークラブは38番目のロータリークラブとして誕生したわけでございます。それ以来現在まで地区でも皆様方とは本当に西ロータリークラブの皆様方とは仲間同士として固い絆を結んで現在に至っているわけでございます。確かに高松西ロータリークラブが誕生した時から20年の今思い返してみますと,その間いろいろの山があったり谷があったりいろいろなことがありました。その間メンバーの皆様方がそのような苦労をにもめげず,たくましく現在のように非常にユニークなクラブとして成長されて来たわけでございます。特に十周年の時には,私の父がこのような記念講演をし,私は一緒にお供させて頂きまして祝辞を申し上げたわけでございます。そういういろいろの関係で現在尚,陰に陽に高松西ロータリークラブの皆様からは非常に私は可愛がって頂いて居りますし,日頃,御指導,御鞭撻を頂いて居るわけでございます。このように今年度ガバナーとしてスピーチをさせて頂いて居りますが,先程申し上げましたように,アビー会長は,温故知新,原点に帰ってみようではないか。その一つのテーマとして,“ロータリーに活力を,あなたの活力を”ということを非常に強調され,皆様方万一人,おひとりの御協力を要請されて居るわけでございます。

 スライド,そういうところから今回のライフということにつきまして,一体何だろう,又,ロータリーというものはどういうものなのか,アビー会長御自身が世界各国のロータリーをお廻りになりまして感じましたことをまとめたものがこれでございます。これはロータリーの友或いは私のマンスリーレターにも書いてございますが,ロータリーは行動思考の組織である。ロータリーとは,ロータリーが何をするか,あなたなしにはロータリーは存在しません。ロータリアンがロータリーを生かすのです。あなた自ら直接参加することによってロータリーは生きるのです。ロータリアンー人ひとりが個人的に貢献することによってロータリーに活力を与えるのです。

 これがアビー会長の言われているテーマの根源であろうかとそのように思うわけでございます。確かに先程申し上げましたように164ヶ国100万人以上のロータリアンを擁するこのロータリーの組織が皆様方の御努力によって拡大されて居りますが,先程牟礼パストガバナーのお話にございましたように,本当にロータリーは何だろうかということを考える時期ではないかと思います。来週,規定審議会が開催されますが,今までの規定審議会のずうっとの議題を読んで居りますと,ロータリーというもののたしかに時代と共には変って来て居りますが,根本にあるものは変えてはならない。私はそのように信じて居ります。最近の規定審議会いろいろのことから私は感じて居りますことは,アイ,サーブからウイ,サーブへ何となく移行しつつあるような感じがするわけでございます。そういうことから私はまだロータリアンとして若造でございますので,ロータリーを論ずる資格は不十分でありますけれども,私自身常日頃ロータリアンとして考えて居りますことは,

 スライド,このロータリーのバッチを胸に何をするか,日常生活であります。 
 

 スライド,でそういうことから私は毎日の日常生活イコール職業奉仕であり,イコール,ロータリー,イコール,ロータリアンである。ロータリアンとしての姿勢こそ地域のためにつくす自分の程ではないか,そのように感ずるわけでございます。昔からロータリーというものは,例会で得た心を自分の職場へ,或いは同業者間へわかち合うという非常にシンプルなものだというように言われて居ります。最近のロータリアンの中には,しゃべるロータリアンが非常に増えて来たように思いますがその反面考えるロータリアンがだんだん減少してきて居るのではないでしょうか。そのような時代であり,又平成元年と言う一つの幕あけであるからこそ,私たちはロータリーというものの根本について十分に考え.又ロータリーは何であるかと言うアビー会長の意図されていることを考える必要があると思います。奇しくもこの一月はロータリーの年度にとりまして理解月間でございます。結局RIは一月をロータリー推進月間と決定したわけでございますが,流石にユニークな高松西ロータリークラブの皆様方は,4月の創立記念をわざわざ1月に繰り上げてこの理解月間に持って来られた気持,心とするのはロータリーを見直し,高松西ロータリークラブが次の時代に飛躍するために,わざわざこの1月の今日をお決めになられたのだと私はその真意を感じて居るわけでございます。さすがに高松西ロータリークラブの皆様素晴らしいという一言で私は言わざるを得ません。

 スライド,ロータリーというもの,理解月間であればあるこそ,又,高松西ロータリークラブの皆様,20年いろいろ苦労されて来ましたが,昔から「守一破一離」という言葉,これは皆様十分御承知のことだと思います。あらゆるところにはその根本となりますものがあります。お茶には茶道,お花には華道,昔から武士道という道,こういうことがよく言われて居ります。これは何事に於てもあることでございますが,その一つの道を考えてみましても,その道に関する事を十分に知り体得すること,これが一番大事でございます。当然それに伴うルールその他を守って参ります。その過程の中で次のためのステップとして変って行くことこれが破であります。一つの悟りができ,独立したことこそ,自分の離ということではないでしょうか。今日の二科会の皆様にお願いして二科展をここへ持って来られ,一つの芸道の芸の道でもあります。最近の先程申し上げました物にあふれた非常に素晴らしい世の中でありながら,心の程は失われている中に,高松西ロータリークラブの皆様が素晴らしい二科展,情操教育と心の豊かさを,やはりお求めになって,今日の開催されたのも,そういう意味があるのではないでしょうか。私も朝テープカットをさせて頂きました。これから後,又ゆっくり拝見させて頂きますけれども素晴らしいものです。先程玉津島さんとお話してますと,昨日この会場でずうっと展示をしたあの中で一人で居ると何か心に打つものを感じました。皆さんが描かれたあの絵の中から出て来る心を,何かピーン,ピーンと訴えるものを感じたと言うことを先程お話をして居られました。やはり新しい幕あけに,又心を豊かにするために西クラブの皆様方の素晴らしいプランにはただ敬服をするばかりでございます。そういうところから西ロータリークラブの皆様が「守,破,離」でございます。地域のためのニードがあったればこそ皆様方のクラブが誕生したわけでございます。これからも地域のニードに答えるように切磋琢磨してこれからますますの御活躍を期待するわけでございます。ロータリーというものは,我々人間が生きて居りますようにロータリーも同じように生きて居ります。ロータリーが生きるためには,又,私たちが生きるためにもエネルギーが必要です。エネルギーを求め,地域のために,これからますます発展されますことを期待して居る次第でございます。ロータリーは永遠です。永遠に生きるためには,どうか今日お集りの皆様方が固い絆を持ってロータリー活動に御協力を頂けますことをお願い申し上げまして,私の拙ない話とさせて頂きたいと存じます。アビー会長の言われたロータリーに活力を,あなたの活力をと言うその真意を十分お汲み取り頂くことをお願い致します。長時間本当にありがとうございました。

(文責 徳田恒光)