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“青あらし 翠嵐亭(すいらんてい)に なだれ落つ”
青葉若葉の紫雲山を背にした,栗林公園・翠嵐亭を詠じた,20年誌編集委員長の駄作ですが,春から夏へ移ろう短い青あらしの季節 鯉のぼりの鯉がみどりの風を口から腹へさわやかに含みつゞけ,そして廻りつゞける矢車の音も快く美しい季節です。
我が高松西ロータリークラブ創立20周年の記念誌を漸(ようや)くにして皆さまのお手許へお届け出来ることとなりました。しかし本当はもっとスマートなスッキリした編集の手際をご披露したかったのですが,諸般の事情で心残り多い仕上がりとなってしまいましたことをお詫び申し上げます。
全会員に登場して戴くことが絶対条件と所存して“一人一言”のメッセージを,会員67名から洩れなく戴くという作業には,ギリギリ5月末までの月日を要しました。又編集委員長という大任を持ちながら自己管理不行き届きの為4月中旬から5月中旬まで体調不順で執筆活動も会員へのアタック活動も低迷を極めた事も私事ながら会員諸賢への言い訳にはなりませんが発刊停滞の原困です。そんなこんなで誠にスマートでない編集ぶりですがご寛恕下さい。
20周年式典や行事記録も,「月並みな組み方は止めろよ」というお声も何人かの方からあり,徳田式典進行SAAとしみじみと一盃を傾けながら文章を綴れば又趣の異なる記録になったであろうと反省するのですが,時間の経過に急かされてやはり月並みな組み方にせざるを得ず,現在も尚心残りに思う次第です。
それにしても,会長以下総務委員会の皆さま方,そして20年誌委員メンバーの方々には,1月以来10夜に及ぶ炉辺会合で実に言葉につくせぬお力添え,お知恵の提供を賜り,ロータリーの熱い友情の程感泣の外はありません。
それと平常ごく普通の交わりしか無かった何人かの会員の方々が,この編集に参加して意外な良いアイデアや惜しみない労力の提供を賜り,私も磯崎副委員長も「う−む,あの人がねえ!」と異口同音に感動させられました。又多くの原稿を戴いている中で「あの記事のこの部分は私が資料を提供したのだが,この文章と差し替えた方が良いと思いますので 」と一度ならず二度三度,自転車で我が家までお運び戴いて丁寧に書き直した原稿をご持参下さり,而もご自分のお名前は「記録のどこにも出す必要はありませんから−−」とおっしゃって笑蕨でお帰りになった方もありました。
この6ヶ月近い編集期間中に何人かの会員の方々と,より高度な,真のロータリアンの極めて上質な友情を持つことが出来るようになったことは,私達にとっては多くの財産が増えた,という歓びに溢れて居る次第です。
最後にもう一言,高松西クラブの会員の皆さま全員が常に心に刻み込んで置いて戴きたいことを付け加えさせて戴きましょう。ガバナー,バストガバナーが祝辞の中で述べて居られますように,「高松西クラブは非常に個性のあるユニークなクラブである」とお褒めの言葉を戴いて居りますが,一方座談会の中で何人かの会員が次のような発言をして居ります。「それはクラブの10%の人達のことで,その他の90%の会員は他のクラブと何等変わることのない,極く平凡なロータリアンである」そして又,その10%の個性の強いユニークな方々はこう発言して居ります。「我々がいつまでも出しゃ張って居てはクラブはマンネリ化する。これから我々は舞台の裏方に廻り,今後は入会3〜4年の若いキャリアの人達を各委員会の委員長に抜てきし,その人達にスポットライトの当たる花道や本舞台で,思い通りの活動をして貰うという英断が必要だ」
この二つの発言を西クラブ会員の皆さん,呉々もお忘れないよう,お願いをして擱筆します。多くの友情,ほんとに有難うございました。
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