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幹事就任にあたって考えたことと言えば,気負わず,臆せず,迷わず,平常心でということでありました。幸,玉津島会長さんはクラブ創立以来のメンバーでありロータリーに精通しておられることは会員皆様の認めるところであり,私にとっては大変心強いものでありました。又過去15年間のロータリー生活の中で常に感じていたことは西クラブは親睦が密であり,常に会員相互の意志疎通が計られていることであります。このことはクラブ創立以来先輩会員皆様が培(つちか)ってこられた西クラブならではの伝統であると思います。他クラブのロータリアンから幾度か「西クラブは和気合々でいいですね」という言葉を聞かされたことでも証明されていると思います。
ロータリーは“親睦に始まり親睦に終る”と良く聞かされて来ました。職業奉仕,社会奉仕もすべて親睦からということでしょう。ロータリアン個人の全ての奉仕からロータリークラブの奉仕へと進んで行く中でロータリーの目指す超我の奉仕が達成されるということではないかと思われます。今年度地区ガバナー田村俊久様の公式訪問が思い出されます。様々なお話の中でお釈迦様が側近の弟子に常に言っていた言葉「アーナソダ(お釈迦様の弟子)街へ行こうよ」。この意味するところはロータリアンは常に社会(地域社会)に目を向け地域社会の実状を知り地域社会のニーズを適確にとらえ奉仕の道を進む様にとおっしゃったのだと思います。親睦を深めるためと称して夜の古馬場あたりで一献傾け雑談に時を過すことは実は様々な世間の情報交換の場となり親睦とともに奉仕の道を模索することともなっているのではないでしょうか。炉辺会合ともなると常に有益な意見が続出するのも会員皆様が常に親睦を深めるなかで奉仕の精神を会得されているからだと思います。
さて,幹事の仕事も残り少なくなって来ました。心をさらに引締めて遺漏なき様幹事の職を全うしたいと思っているところですが,ふり省って特に心に残ったことは村上久夫会員が死去されたことであります。私が西クラブに入会以来何かと指導して下さり,時には夜の街へもお供させていただきました。飄々として時に憂(うれ)いを感じさせる不思議な方(かた)でした。村上久夫会員が執筆された自分史「春」を読んで村上久夫会員の純粋というか万年青年といった一面を知らされた記憶があります。が,なんといっても想い出されるのは,1984〜85年度地区大会のホストを西ロータリークラブが引受けた時の村上久夫会員の八面六臂の活躍であります。まだ75才,惜別の念止(や)まず。
逝く者があれば,生れ来る老もあるのが世のならいだと思います。うれしいこともありました。西クラブでお世話をさせていただいている米山奨学生の王勇(ワンユウ)君夫妻に男のお子様が生れたことであります。名前を「王若岐(ワンジャッキ)」君といいます。既に会員の皆様御承知のことでありますが,王君の要望もあって「若岐」君の名付けには会員の有志の皆様と王君が一緒になって考えたのであります。王君のカウンセラーを務める磯崎会員,玉津島会長さん初め多勢の会員の皆様がほんとうに真剣になって考えたのです。こんなうれしい,楽しいことはありません。これも西クラブの和気合々としてなごやかな雰囲気があったからだと思います。西クラブ創立25周年記念家族会に王君夫妻共々出席した若岐君は会員の皆様に次々と抱(いだ)かれ家族会を一層楽しいものにしてくれました。他にも様々なことがありましたが何事も「西ロータリークラブ会員の皆様とともに,そして会員皆様の御指導,ご鞭撻をいただき乍らの幹事(ロータリアン)修業であります。感謝の気持を込めて。
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