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私のロータリークラブでの良き飲み友達であった村上久夫氏が亡くなって早や1年がやって来た。年令もロータリー歴も共に2年くらい先輩であった彼,だがなぜか気が合いロータリー内では種々な相談ごと迄御互にし合う仲になっていた。それは今思い出してみると私が入会早々食事に御招待し,その日午前様になるまで痛飲し,長々と戦争の話がはずんだそのせいではないかと思っている。村上さんは南太平洋のフィリッピン,ジャワ,チモール,マレーと,陸軍歩兵部隊で,私は海軍航空隊で,共に渡り歩いた所が同じ土地が多く,話が夜おそく迄続いたのもそのせいだったと思う。彼は,20代の殆どの歳月が南方戦線の硝煙の中であったと云う。昭和17年3月ジャワ島スラバヤ郊外で河を挟んで烈しい銃撃戦をやった話,そして一夜明けるとオランダ軍が全面降伏して来たと云う話,そして戦い終り茫然と地面に座りこんで居る前を,戦友の屍体を運ぶ担架の列がつぎつぎと通って行く。そして担架の軋む音,この音は生涯私の耳底から消えることはないであろうと涙を流しながら話していた彼
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