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(敬称略)

 創立総会まで

 1969年(昭和44年)1月16日,林,大林,玉津島,逸見が高松RCの例会後に呼ばれ,「新しく高松西RCを4月を目標につくるから,知人ら20人以上を集めるように」といわれる。その後,橘川も加わり,銀行関係者のつくったらしい有力企業の名簿が手渡され,この55人をキーマンに会員集めが始まる。2月には屋島山での高松東RCのチャーターナイトに招かれ,5人は盛大な式典に驚く。4月14日夕,創立総会があり,チャーターメンバー27名は全員出席する。4月23日付でRIの証認がある。

 チャーターナイトまで

 同年11月9日にチャーターナイトを開くことになり,6月には岡山東など3RCの合同チャーターナイトなどに参加して勉強する。その結果,会場は新築したばかりの香川銀行本店とし,土産はカンカン石,アトラクションは新築したばかりの県文化会館で狂言となる。参加者は300人にのぼる。

 1969〜70年度

 4月9日の大阪万博会場での万博ロータリーを高松南,観音寺RCと一日受け持つ。対外奉仕活動として香西シオンの丘に温室を贈る。月曜日の例会は「仕事に支障がある」人が多く金曜日に変わる。

 1970〜71年度

 出席についてR情報を徹底,欠席常習者の退会もあって出席率がこの年度92%から97%になる。5周年記念事業を予定して月1,000円づつの特別積立がこの年度から始まる。

 1971〜72年度

 一日一善運動の一環として「善意ノート」をつくり,弦打,亀阜小学校に配り,亀阜校からはその後,児童の記録をまとめたレポートが出て,客話もある。前年に韓国旅行した岡崎時則の卓話がもとになって,テープレコーダーを金泉(キムチョン)RCを通じて牙川国民学枚にプレゼントすることになり,亀阜校の図画と一緒に贈る。

 1972〜73年度

 農協が南米から招いた留学生と弦打青年団との交流は盛り上がる。韓国牙川国民学校には岡崎らがサッカーボールをたくさん持って行く。高松市に騒音計を贈る。この年度,当クラブの5周年記念委員会が発足する。

 1973〜74年度

 4月28日に創立5周年記念式,記念事業として西宝町のグリーンベルトに植樹する。身障者を励ますチャリティーコンサート「香川合唱フェスティバル」を協賛する。

 1974〜75年度

 6月から渇水騒ぎの中,秋山,原内,別枝,田中らは連日,給水車で市民に配水して回る。12月20日の渡辺ガバナー公式訪問のあとの懇親会はご夫人も入った家族忘年会になる。

 1975〜76年度

 親睦に力を入れ新年宴会は100人以上が出席。忘年会,年度末の家族会も盛大になる。この年度から豊島の乳児福祉施設神愛館への訪問が始まる。

 1976〜77年度

 職業奉仕に力を入れた年度で,雇主,従業員関係委員会,四つのテスト委員会,職業情報委員会,実業及び専門職業委員会などが出来てアンケート調査などで勉強する。

 1977〜78年度

 5月に国際ロータリー年次大会が東京であり,当クラブからも16名が参加する。交通事故防止のため弦打の老人,幼児にワッペン「目玉ちゃん」を配布,当クラブ医師団による健康診断も始まる。

 1978〜79年度

 4月15日に創立10周年記念式をあげ,高松市の新市庁舎玄関前に黒松を植樹,鬼無小学校にロータリー文庫を贈る。

 1979〜80年度

 国際ロータリー創立75周年記念事業として市内4クラブ共同で香川医大で記念植樹をする。交通安全運動として財団法人百歳会や小学枚,保育所にワッペン「目玉ちゃん」を配布する。

 1980〜81年度

 例会を活性化するため,毎回新しい話題を取り上げ,文献委員会をつくって新会員の入門書ともいえる「THE FIRST STEP OF ROTARIAN」をまとめる。出席率も99.27%に。

 1981〜82年度

 韓国・金浦RCを訪問する。社会福祉施設讃岐老人ホームを慰問して提灯60個を贈る。親睦ゴルフ会を開く。天神会館で五色茶会を主催し650人を集める。毎月第3例会を禁煙にする。

 1982〜83年度

 玉藻水泳スポーツ少年団の協力で,香川東部養護学校の児童43人を招き,ヨット体験乗船や女木島海水浴で遊ぶ。栗林公園で家族会を兼ねて裏千家土居社中による茶会を催す。高松市長選で候補者を招き「ロータリーと政治」を語ってもらう。

 1983〜84年度

 大林香川分区代理の提唱で市内のクラブと盲導犬を贈ることになり,これを契機に県が予算をつける。ホームヘルパーとの昼食会,高松北署防犯課に自転車を贈る。創立15周年記念式を4月,ホテル川六で開き,国立音大田島好一教授が独唱と卓話をする。

 1984〜85年度

 第267地区年次大会のホスト役を務める。香川大学歴史学研究室による勝賀山古宮権現古墳発掘調査を支援,県立聾学校のソフトボール全国出場に寄付,スポーツ少年団野球大会を後援する。

 1985〜86年度

 高知市での第267地区年次大会に35名が参加,地区最多登録クラブ,例会出席率優秀クラブの二つ表彰を受ける。6月6日の例会から東條SAAの発案でチャイムが使用される。

 1986〜87年度

 定款細則検討委員会,20周年誌編集準備委員会,ローターアクトクラブ設置準備委員会が設置される。豊島の神愛館への奉仕活動はこれまで物品,金銭の贈呈が主体だったが,当年度は会員9人がブランコや滑り台などのペンキ塗り奉仕に汗を流し,四国新聞や山陽新聞に大きく取り上げられる。

 1987〜88年度

 讃岐老人ホームを慰問,パラソルセット2台を寄付,豊島の神愛館には滑り台一基を贈る。市内6クラブと一緒に,瀬戸大橋架橋記念博覧会で使う身障者車いす22台を贈る。

 1988〜89年度

 創立20周年記念式典を1月14日,完成間もない高松市美術館特別室に平井知事,脇市長らを招いて開き,記念事業として同館で「二科展」を開催,6日間で8,000人を超す入場者がある。また高松スポーツ少年団に指導者養成費200万円,市消防局に広報車一台,米山奨学会に100万円を寄付する。