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高松西ロータリークラブ創立30周年の記念誌がやっと完成、お手許へお届け出来ることになりました。編集に当たり、原稿や貴重な写真を提供して下さった会員のみなさん、本当にありがとうございました。全会員のみなさんに、どこかで執筆していただこうと努力してきましたが、ほぼ目標を達成したのではないかと思います。
編集に先立つ30周年記念誌委員会では、まずこの文集を「誌」とするか、「史」とするかの議論から入りました。というのも「10年史」と「20年誌」があったからです。
結局、「30年誌」に決まり、内容も創立30周年記念事業を中心に編集するなど、「20年誌」の経験を生かす方針でゆくことになりました。
同記念事業は磯崎会長、岡田実行委員長の優れた指導力の下、全員参加で大成功を収めました。それにもかかわらず、30年誌委員会の方は委員長の不徳の致す所もあって、炉辺会合の開催などままならず、おかげで「20年誌」では盛り上がった記念事業を顧みての「座談会」などを掲載出来ずに終わったことをおわびいたします。
今期直後にはチャーターメンバーの一人、赤井功一郎さんが亡くなられました。赤井さんには追悼のページで「原内明君に想う」と「一人一言」欄をお願いしており、これが遺稿となりました。死を前に、病苦に耐えながら鉛筆を握っておられたのでないか、と頭が下がる思いです。
私は一身上の都合で今期を以て退会させていただきます。この欄をお借りして感謝の言葉を述べさせていただきます。よき先輩、仲間に恵まれ、本当に勉強させてもらいました。高松西クラブのますますのご発展をお祈りいたします。
最後になりましたが、当記念誌を編集していて、追悼のページで谷本憲一さんの壮絶な詩「硝煙の中の青春」を読みながら、涙が止まりませんでした。いまは亡き村上久夫さんと谷本さん二人のためにも、この記念誌をつくった意味が十分あったと思います。
日本兵の去った荒野を、中国人の投げる石に追いたてられながら、母に手を引かれて故国に引き揚げた記憶がよみがえりました。1946年早春のことでした。
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